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山口地方裁判所 昭和50年(ワ)53号 判決 1977年3月02日

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告は原告古谷広子に対し金一六五万一、九〇六円およびこのうち金一五〇万一、七三三円に対する昭和五〇年三月二七日以降完済まで年五分の割合による金員を、原告古谷美〓に対し金八〇万五、二七三円およびこのうち金七三万二、〇六七円に対する右同日以降完済まで右同割合による金員を、各支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

原告ら訴訟代理人は請求の原因並びに被告の抗弁に対する答弁および再抗弁として次のとおりのべた。

一、被告は訴外橋本アキノとの間で、同女保有の普通乗用自動車山五ほ八七八五号につき昭和四五年五月二九日から昭和四七年五月二九日までを保険期間とする自動車損害賠償責任保険契約を締結していた。

原告古谷美〓は訴外古谷照子の夫、原告古谷広子は両名間の子である。

二、訴外照子および原告広子は昭和四六年五月六日午後九時五〇分頃山口市桜畠の原告ら肩書住居前路上において訴外アキノ保有の前記自動車に衝突され、このため照子は即死し、広子は骨盤骨折等々の重傷を負つた。

三、そこで原告らにおいてアキノほか五名を相手どり山口地方裁判所に損害賠償請求訴訟を起し、同庁昭和四七年(ワ)第九五号事件の昭和四九年七月二六日言渡し判決が確定したことによつて、右アキノに対し原告広子は金二四五万一、〇九三円およびこのうち金二三〇万一、〇九三円に対する昭和四六年五月七日以降完済まで年五分の割合による金員の、原告美〓は金一〇二万九、七六七円およびこのうち金九七万九、七六七円に対する右同日以降完済まで右同割合による金員の、各支払請求権を有することが確定した。

四、このようにして原告らは自動車損害賠償保障法第一六条第一項に基づき、保険金として左の金員の請求権を有する。

(一)  原告広子については、照子の権利の相続分のうち判決で請求権の確定した金一一四万二、七三三円と、広子自身の受傷による請求権として確定した金一〇五万八、三六〇円中金三五万九、〇〇〇円との合計金一五〇万一、七三三円。

(二)  原告美〓については、広子の受傷に伴う請求権として確定した金一四万一、〇〇〇円と、照子の権利の相続分および同女の死亡に伴う請求権の合計として確定した金七八万八、七六七円中金五九万一、〇六七円との合計金七三万二、〇六七円。

(三)  なお照子の死亡との関係では原告両名の請求分の合計は保険金の限度額金五〇〇万円からすでに支給を受けた額を除いた金一七三万三、八〇〇円であり、広子の受傷との関係での合計は保険金限度額金五〇万円である。

五、原告らが昭和四九年一二月頃右保険金の請求をしたのに対して被告は昭和五〇年三月二七日、二年間の消滅時効を主張してこれに応じなかつた。そこで原告らは本訴提起のため標記代理人三名に訴訟委任して、各勝訴額の一割を成功報酬として支払う約定をする外なかつた。前項(一)(二)の額の一割はそれぞれ金一五〇万〇、一七三円、金七万三、二〇六円である。

六、以上の次第で原告らは第四項(一)(二)および第五項掲記の金員の各合計額およびこのうち第五項の金員を除くその余に対する前記支払拒絶当日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

七、本件請求権の消滅時効の起算日に関する被告主張事実を争う。右時効の起算日は前記判決言渡しのあつた昭和四九年七月二六日である。その理由は左のとおりである。

すなわちいわゆる被害者請求をするについては、被害者が加害者、行為の違法性、因果関係を知らねばならないほか、自動車損害賠償保障法施行令第三条等によつて保険契約者の住所氏名、車両登録番号もしくは車両番号、請求金額およびその算出基礎等を知る必要があるところ、ことに本件のように死亡、重傷事故で原告側が忙殺されていた事情および加害者が責任や損害額を争つていた事情からすれば、損害賠償請求訴訟の判決を受けた上でなければ右必要を充して請求手続をとることは不可能である。

八、被告は時効の利益を放棄した。すなわち原告広子において昭和四八年秋頃自己の後遺症に基づく障害補償費の被害者請求をしたところ、被告は同年一二月五日賠償額金一〇一万円を支払つた。

九、予備的に加害者請求権の取得を請求原告として主張する。

すなわち原告らは前記判決の執行力ある正本に基き昭和四九年一一月二二日前同庁同年(ル)第九七号(ヲ)第一一一号、(ル)第九八号(ヲ)第一一二号を以て被保険者橋本アキノの被告に対する加害者請求権の差押、転付命令を得た。これらは同年同月二五日被告に送達された。これによつてアキノは被告に対する関係では、自ら被害者たる原告らに支払いをしたこととなつて加害者請求権を取得し、かたわら原告らはアキノの右請求権の移転を受けてその債権者たる地位を取得したものである。

被告訴訟代理人は答弁および抗弁として次のとおりのべた。

一、原告ら主張第一、二項の事実を認める。同第五項中原告らから保険金の請求のあつたことは認めるがその日は昭和五〇年二月三日である。同項中被告が消滅時効を理由に支払いを拒否したことは認める。同第三乃至五項中右以外の事実はすべてこれを争う。

二、原告ら主張の法第一六条第一項による請求権の消滅時効期間は二年である。原告らはその主張の事故後直ちに保有者橋本アキノに賠償責任のあることを知つたもので、原告広子は昭和四六年五月二六日亡照子の死亡との関係で賠償額を請求し、被告は同年七月六日治療費および死亡損害分合計金三二六万六、二〇〇円を支払つた。照子の損害についての被害者請求権は右七月六日以降二年を経た昭和四八年七月六日を以て時効消滅した。原告広子の損害の関係では事故後二年を経た右同年五月七日を以て同じく時効消滅した。

三、原告ら主張の時効利益放棄の主張事実はこれを争う。原告広子の後遺障害の症状の固定したのは昭和四六年一二月八日であるところ、その後二年の時効期間内である昭和四八年一〇月一九日に同原告から右後遺障害の補償費の請求を受けたので、被告はこれを同年一一月二〇日に支払つた。右支払いが本訴請求分についての時効の利益の放棄の事実と見られるいわれはない。

四、原告らの予備的請求原因事実はこれを争う。加害者請求権はその成立要件として被保険者たる加害者が被害者に賠償額を支払つたことを要求され、また右支払つた限度でのみ成立する。ところが橋本アキノにおいて右支払いをした事実はないので、原告ら主張の転付命令によつて原告らが加害者請求権を取得できるいわれはない。

立証(省略)

理由

一、原告ら主張第一、二項の事実は当事者間に争いがない。同第三項の事実は成立に争いのない甲第一号証の一と弁論の全趣旨とによつてこれを認めることができ、この認定を左右するに足る証拠はない。

二、被告の消滅時効の抗弁について考える。

右事実関係によれば、保有者橋本アキノの亡照子および原告らに対する損害賠償責任は事故当日たる昭和四六年五月六日に発生したものであり、他に特段の事情の認められない本件にあつては原告らにおいてその頃加害者と損害の発生とを知つたものと推認される。

原告らは自動車損害賠償保障法第一九条所定の二年の消滅時効の起算点を前記認定(原告主張第三項)の判決言渡しの日と主張するけれども、右判決の言渡しあるまで原告らが加害者および損害の発生を知りえなかつたものと認めえないのはもとより、その時までは被害者請求の手続をとる上での要件が充されないため手続をとることができなかつたとする原告の主張についてもこれを認めるに足る証拠がない。

本訴請求中原告広子の損害の賠償額支払請求権(後出の後遺症の障害補償費は除かれている)の消滅時効の起算日は前記事故当日とするを正当と解する。

ところで原告広子において亡照子の損害につき原告両名を遺族として掲げて被害者請求手続をとつたのが昭和四六年五月二六日、被告においてこれに応じて金三二六万六、二〇〇円を支払つたのが同年七月六日であることは、被告の自陳するところといずれも成立に争いのない乙第一号証の一、二によつて認められ、この認定を左右するに足る証拠はないので、亡照子の死亡による損害の賠償額については消滅時効の起算点は右七月六日とすべきである。

時効利益放棄についての原告ら主張事実を見るに、被告において原告広子の後遺症障害補償費金一〇一万円を昭和四八年一二月五日に支払つたことは、いずれも成立に争いのない甲第二、第三号証、乙第三号証の二乃至四および証人原田信雄、同金子正巳の各証言によつて明らかである。しかしながらこれら証拠によれば被告が右支払いをしたのは、後遺症の固定したのが昭和四六年一二月八日であることから、同日以降消滅時効期間二年以内の請求にかかる右補償費については他の請求権とは別個独立に時効が進行するものとして、その期間内に支払いをしたものと認められ、かたわら右後遺症が事故発生当時から当然予見できる性質のものであつたことを認めるに足る証拠はないので、これらの事情をあわせれば、右支払いの事実を本訴請求金員についての消滅時効の利益の放棄と認めることはできない。

以上の次第で、原告らの本訴請求中原告広子の損害に関する賠償額の請求権は事故当日より二年を経た昭和四八年五月六日を以て、亡照子関係の請求権は昭和四六年七月六日より二年を経た昭和四八年七月六日を以て、それぞれ時効により消滅したものというべきである。

三、予備的請求の原因について検討する。

原告らにおいてその主張の裁判所、事件番号で被保険者橋本アキノの被告に対する加害者請求権の差押、転付命令を得て、これが第三債務者被告に送達されたことは、いずれも成立に争いのない甲第一号証の三、同号証の五、六によつて明らかである。右証拠によれば原告広子においては金一一五万五、八六六円の債権につき、同美〓においては金五七万七、九三三円の債権につき、いずれも亡照子の死亡によるアキノの被告に対する損害賠償額請求権として転付命令を申請してこれを得たものであることが認められる。

しかしながら前記法律第一五条によれば、加害者請求権の生ずるためには被保険者たる加害者が被害者への賠償額の支払いを現実になしたことを要するものと解されるところ、アキノにおいて原告らに右被転付債権相当額の支払いをしていないことは弁論の全趣旨によつて明らかであるから、右転付命令は未発生の債権について発せられたものというべく、これによつて当該債権が原告らに移転するいわれはない。また転付命令が送達されたからといつてアキノから原告らに現実の支払いがなされたものといえないことも明らかである。

よつていずれにせよ右転付命令によつて原告らが加害者請求権を取得できるいわれはなく、予備的請求は理由がない。

四、よつて原告らの請求はいずれも理由のないものとしてこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

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